NINAGAWA火の鳥


あらすじ

   舞台は未来の地球。人類は滅亡の危機に直面していた。人々は先を争って方舟に乗って地球から脱出しようと試みていた。そんななか、ふたり一緒に逃げることができないと知った恋人同士のロミとマサトは地球に留まることを自ら選び、来世で再び結ばれることを信じながら降り続く死の雪に埋もれていった。

   地球と生命の再生を願うふたりは、美しい緑に覆われた古代に甦る。皮肉にも、ロミは永遠の命を持つ火の鳥を守る女王、マサトは火の鳥の生き血を飲み、永遠の命を手に入れようとたくらむ殺戮者として再会を果たす。そしてマサトは、火の鳥が体に宿ったロミを殺してしまう。

   火の鳥の返り血を浴びて、永遠の命を手に入れたマサトは何千年もの孤独な彷徨の末、生きることにうんざりして死を望むようになっていた。 そんなマサトのもとに火の鳥の精霊が現われ、マサトは人を愛すること、生命を愛すること、そして人を愛することこそが、「生きる」ことだと気づく。時は携帯電話の音が鳴り響く現代。三度ロミの生まれ変わりと再会したマサトは、孤独に生きてきたこの何千年もの間味わったことのない「生きる」という喜びを実感する。そしてその時永遠の命を得たマサトに死が訪れるのだった。



感想

   今回の「火の鳥」は演劇に分類すべきか、ミュージカルに分類すべきか迷ったのだが、重要なメッセージを含むセリフがほとんど歌にのせて発せられていたので、ミュージカルに分類することにする。一応演出の蜷川さん自身は音楽劇という位置にこの芝居を置いている。会場はさいたまスーパーアリーナという先日完成したばかりのホールなのだが、これがまたでかい。おそらく横浜アリーナとおんなじくらいの大きさだろうから、コンサートならともかく、演劇には絶対向かないだろうと思っていた。しかしそこはさすが蜷川幸雄だ。でかいキャパシティに合わせて壮大なストーリーを持ってきましたね。だからぜんぜん見劣りしませんでした。もしあの会場で「ロミオとジュリエット」なんてやってたら、かなりしょぼいものになってたでしょうね。

   まず驚くのが舞台の豪華さ。本物の炎は燃えるわ、バイクがビュンビュン走るわ、コンドラで飛ぶわ、レーザー光線でるわでもうすごいの連続。やっぱり一万人以上お客さんがいるから、ちょっとやそっとの演出じゃあ迫力がでないですからね。なんだか芝居を観ているという感じじゃなくて、オリンピックの開会式のようなセレモニーを観ているような感じでした。そして楽曲も心に残る名曲で、盛り上がるところでは鳥肌たちましたよ。でもちょっと今井絵理子の歌唱力と演技力に疑問がのこりましたけどね。いかりや長さんはさすがの存在感でした。「おいっす!」と言って欲しかったけど、そういう役じゃなかったから、しょうがない。カーテンコールの時ちょっと期待したけど、やってくれませんでした。残念。

   ストーリーのほうに話を移すと、物語自体は単純なものなので、なんにも考えずに観ていると、たいして感動することなく終わってしまうかもしれませんが、よく考えてみると、非常に哲学的な奥深い物語になっていると思う。「死ぬことは生きること、生きることは死ぬこと」というセリフがとても印象的でした。テーマが輪廻転生ということで、前世で恋人同士だったふたりが次では敵同士になっているという設定だけでも泣けるし、さらにその恋人を殺すことによって永遠の命を手に入れた主人公が生きることに絶望していくのも共感できる。永遠の命というものは一見誰もが欲しいように思うかも知れないけれど、永遠に死ぬことができないというのは実は苦しいことで、人生というのは死があるからこそ生きることが輝くのだと思う。マサトは永遠の命を手に入れたけれども、その後の人生は本当の意味で生きてはいなかったのだと思う。そして本当に人を愛することを知り、生きている喜びを知った彼に死が訪れる。心に火の鳥を宿し、命の炎を燃やすことこそが生きることなのだ。さっきの「生きることは死ぬこと、死ぬことは生きること」というセリフはそういう意味を持っているのだ。自分は本当に生きていると実感しているだろうか、と自問してしまった。そう考えてみると、この物語は非常に奥深いのだ。

   こういう奥深いことを考えなくても、ただ単に観ているだけでも十分楽しめるエンタテイメント作品に仕上がっている。蜷川ファンとしては、お得意の降り物がなかったのが残念だった。蜷川さんは必ずと言っていいほど上から何かを降らすんですけど、今回はそれがなかったんです。ただミーハーようちゃんとしては頭上にSPEEDのエリコがゴンドラに乗って来るだけで、目がときめいてしまいましたけど。でも絶対まわりの奴にはSPEEDファンだと思われていたと思うと、悔しくてなりません。「俺は蜷川の演出を観に来たんだー!!」と叫びたくなってしまいました。しかしオペラグラスではエリコの姿ばっかり追っているという僕でありました。チャンチャン。



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