RENT


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感想

   RENTへの思いやりは前回散々語ったが、学校でRENTの講義を受けて、セリフを一文字一文字訳して、毎日のように買ってきたCDを聞いているうちに一つの結論が出た。このミュージカルを日本語でやるのは不可能だという結論だ。そんな風におもいつつ、恐る恐る日本版RENTを観に行ったのだ。唯一楽しみだったのは生で宇都宮隆が見られることだけだった。あと山本耕史も。(『ひとつ屋根の下』のフミヤ)

   ところがどっこい、でてきたのはあのドラマ『ひとつ屋根の下』で車椅子にのっていたひ弱な少年ではなく、まさしくマークだった。まさか山本君がこれほどマークにはまっているとは。それに日本語で歌われるRENTの楽曲もすんなりと耳に入ってくる。あれを音にあわせて訳すのはかなりの苦労だっただろう。しかしそんなことはどこ吹く風とまさしくRENTの世界が忠実に再現されていた。

   今回再びRENTを観て、いろいろ見えてきたことがあった。この作品の舞台ニューヨークはいわゆるアメリカン・ドリームの中心地である。私たちから見れば、成功者達の集まりにしか見えなかった。しかしそのなかにもRENTの登場人物達のように貧乏にもがき苦しみながら、孤独に耐えている人達がいる。彼らはいくら友達と呼んでいる人達がいるとしてもニューヨークという街では孤独から逃れることはできなかったんじゃないだろうか。だから彼らは「ボヘミアン」をきどって、おもしろおかしく生きていたのだ。この作品の合い言葉である “no day but today”はまさしくこのように生きることだと、私ははじめ思っていた。しかし、HIVにおかされ、エンジェルが死んでしまったことによって、自分達が生きていることを改めて感じ、そしてこれからも生きていかなければならないと実感した。その時に彼らがだした答えは、自分を信じて、自分の夢を信じて生きていくということ。もしかしたら明日死んでしまうかもしれない。だから明日死んだとしても後悔しないように、今日という日を自分の信じる道を忘れず、確実に生きていくことを学んだのだ。そのように生きていくことこそが、”no day but today”なのだ。このように理解した時、私の座右の銘も “no day but today”になった。



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